周術期の合併症軽減を目的としたグルタミン強化療法は、そのエビデンスが確立されないままでした。しかし、我々はグルタミンの特性を知り、経口摂取でありながらも施行する周術期『グルタミン+BCAA療法』では、術後の合併症を減少させ、また化学療法による筋肉減少対策ともなる、安全で質の高い医療を提供することが可能となりました。
周術期(侵襲時)の『BCAA-グルタミン代謝』を基軸とした、臓器間ネットワークの利用
BCAA・グルタミンは、細胞内シグナル伝達物質に作用する
骨格筋で生成されたグルタミンは、各臓器の修復・再生の際の細胞内シグナル伝達物質として作用するという、栄養素としてのアミノ酸を超えた重要な役割を担っています。
細胞内のBCAAはシグナル伝達物質として作用し、特にmTORC1という代謝関連の分子を活性化し、細胞のタンパク合成を促進させ組織の修復・再生を図る作用があります。
一方、グルタミンはmTORC1と逆の作用を有するmTORC2を活性化し、特に侵襲時には細胞内に抗アポトーシスとしてのストレス耐性・生存シグナルを誘導します。
このように侵襲時の身体の中では、骨格筋のBCAAとグルタミンは使い分けられ、臓器の恒常性が保たれています。この特性を『グルタミン+BCAA療法』で利用し、小腸以外にグルタミンを十分量届けるために、グルタミンとBCAAの代謝を基軸とする臓器間ネットワークを活用することに着目しました(図1)。
図1 骨格筋での“BCAA・Glutamine”代謝を基軸とする臓器間ネットワークを応用した周術期管理
周術期の『グルタミン+BCAA療法』の取り組み
小腸に十分量のグルタミンを届け、小腸の健全性を保ちながら血中のグルタミン濃度を上げ、そして標的臓器にグルタミンを届ける『グルタミン+BCAA療法』をご紹介します。
術前管理
手術待機期間中にできるだけ丈夫な腸にするために、まず十分量のグルタミンを腸に届け、加えて腸内細菌叢を整え、その弱酸性環境を強化します(図2)。そのためには
- グルタミン含有量の多い健康食品の投与
- プロバイオティクスとして、乳酸菌飲料と酪酸菌製剤の投与
- プレバイオティクスとして、水溶性ファイバーやオリゴ糖などの投与
を実施します。
図2 周術期(侵襲時)管理
当院では食品を使用する費用は患者さんに負担して頂いていますが、医師がその必要性を丁寧に説明することで、ほとんどの患者さんにご理解を頂いています。
乳酸菌に加え酪酸菌を重視する理由は、主に酪酸菌から産生される酪酸は大腸粘膜の重要なエネルギー源であるだけでなく、そのヒストン・デアセチラーゼ阻害作用(HDAC阻害作用 )で大腸粘膜の癌化を阻止する抗がん剤としての作用を期待します。さらには、腸粘膜の調節性Tリンパ球の活性を促すという、腸内に必要な免疫寛容状態の維持にも欠かせない重要な働きも期待できます。
- 運動療法
術前の運動療法として、ウォーキングなどの有酸素運動だけでなく、理想的には少し負荷をかける程度のレジスタンス運動をおこないます。術後に積極的に投与するBCAAが、骨格筋でスムーズに効率よく代謝されるためには、骨格筋のミトコンドリア機能を活性化させておく必要があるからです。
術中
- BCAA製剤
BCAAを含有するアミノ酸液輸液製剤は、麻酔開始時から積極的に投与します。麻酔開始時からBCAAを含有するアミノ酸液輸液を投与することについては、低体温防止にもなり、当院の麻酔科の医師も積極的に使用しています。
術後
術直後も引き続きBCAAを含有するアミノ酸輸液を投与します。
また、従来使用していた下痢を惹起する免疫抑制剤を術後一定期間に使用しないことで、サイトメガロウイルスやヘルペスウイルスの感染が減ったことを血液検査で確認できました。
術前から行っている丈夫な腸作り(グルタミン強化、シンバイオティクス)に加え、骨格筋でのグルタミン産生を高めるためにBCAAを経静脈的に投与しますが、術前から行っていた運動療法はここでも威力を発揮します。
症例*
当教室で、2013年の第28回日本静脈経腸栄養学会学術集会で発表した症例『食道がん術後縫合不全に対するグルタミン、アルギニン、HMB混合剤を用いた治癒促進の試み』を紹介します。
71歳の男性。術前に胸部進行食道がんと診断され、胸腔鏡下食道切除、腹腔鏡補助下の胃管再建手術を施行した。POD2よりグルタミン含有アミノ酸飲料2袋/日を投与開始。
『グルタミン+BCAA療法』を始めて、これらの対策を施さなかったころの縫合不全症例と比較し、縫合不全部の組織修復が早まっていることを実感した当時の貴重な症例です。
術後2日目から、経腸栄養のルートを利用してグルタミン強化療法を開始。術後3日目に、頸部ドレーンより唾液の流出を認め、CT検査で、縫合不全と診断しました。術後7日目の透視検査でも、食道・胃管吻合部右側からのMajor leakageを確認しました。術後14日目の食道透視では造影剤の漏出を認めませんでした(図3)。
図3 症例の経過
*:紹介した症例は臨床症例の一部を紹介したもので、すべての症例が同様な結果を示すわけではありません。
化学療法による筋肉減少にも有用な『グルタミン+BCAA療法』
昨今では術前化学療法が積極的に行われますが、下痢を引き起こす抗がん剤により小腸が障害され、その修復・再生の過程でより多くのグルタミンが必要とされます。
この状況下で、経口摂取するグルタミンが少なく、さらに血中BCAA濃度も高くない場合には、BCAAが貯蔵されている骨格筋を分解してグルタミンを生成し、障害を受けた小腸粘膜にグルタミンが届けられます。言い換えると、化学療法時の筋肉減少の病態は、抗がん剤で障害を受けた小腸の健全性を保持しようとする生体の防御反応ともいえます。
そのため、周術期に行う『グルタミン+BCAA療法』は、結果的に筋肉減少対策ともなります。
化学療法を受ける患者さんに対しては、『グルタミン+BCAA療法』に加え、十分な運動療法を行うことが筋肉減少対策につながること、そしてこれらの積極的治療が、bacterial translocationによる発熱性好中球減少症などの感染症対策となります。
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