
タブレット端末を使った実験がスタート
「はじめまして。私は、○○××です。この病院には1週間前から入院していて……」
教科書をタップすると、患者さんがこのように自己紹介を始める。学生は動画を見て、アセスメントに必要な情報をタブレットにメモしていく――。
こんな学習がスタンダードになるかもしれません。
大阪府立大学とシャープは、同大学看護学部3年次生92人を対象に、タブレット端末を活用した電子教科書の実証実験をスタートさせました。
本実験で使用されているのは、約24時間の連続使用が可能で、800グラム弱と携帯性にすぐれているシャープ製タブレット端末(Android2.3、タッチパネル対応10.1型液晶)。
実験期間は2012年10月から2013年7月までの予定で、臨地実習時に通学機会が減る学生に対して、効果的な自己学習の環境を構築するのがねらいです。
履修要綱を網羅した2000のコンテンツ
収録されているコンテンツは、市販されている17冊の専門教科書のほか、同大学看護学部が独自開発した看護事例、看護技術の動画など約2000種類(表参照)。看護学校での学習要綱をほぼ網羅した充実の内容になっています。
表 電子教科書に内蔵されているコンテンツ

大阪府立大学は、看護技術の動画コンテンツを携帯型ゲーム機のPSP(プレイステーション・ポータブル)で閲覧するという取り組みも行っていますが、PSPとの違いはどこにあるのでしょうか。PSPと電子教科書、双方のコンテンツ開発にあたった中村裕美子教授(看護学部)はこう語ります。
「PSPのコンテンツを開発したときは、容量などの問題で看護技術の動画と知識カードのコンテンツしか搭載できませんでしたが、このタブレットは、事例学習、国家試験の過去問題など、幅広いコンテンツを搭載することができました。教育効果も高いのではと期待しています」
なるほど、ICT技術の向上によって搭載できるコンテンツがリッチになった、というわけです。

事例学習の1ページ。
登場人物が動画で自己紹介をするなど、細かいところまで作りこまれている。
インストラクショナル・デザインがもたらす新しい教育
このタブレットの魅力はこれだけではありません。搭載された教材が、「インストラクショナル・デザイン(ID)」とよばれる教育計画の手法によって、実践的にプログラムされているのです。IDとは、「学習の自由度を保ったまま、高い学習効果を生むように教育計画を立てること」で、日本では2006年に生まれた新しい考え方です。
システム開発を担った真嶋由貴恵教授(現代システム科学域)は、このIDの可能性をこうとらえています。
「IDの考え方からすると、『学習する際に、基礎から応用へと積み上げ式で学習するよりも、最初から応用的な学習をして、失敗から多くを学んだ方が学習効率がよい』と言えると思います。ですので、本タブレットは事例学習を中心に据えて、それに関連する知識・スキルを学習するようプログラムしました。従来の学習方法とは逆のプロセスですね」
実際に学習を始めると、本当に臨地実習を受けているかのように、動画が流れて患者さんがしゃべりだし、自分(患者)の状況を説明します。動画が終わると、患者把握、看護問題場面の把握、分析、評価という流れにそって学習を進めていきます。
知らないコトバを検索できることはもちろん、各事例シーンにクイズ形式の設問があり、知的好奇心がくすぐられる仕様になっています。近い将来、臨地実習に高い学習効果を発揮する「秘密兵器」として重宝されるのではないでしょうか。

画面。コンテンツを色ごとに分類しており認識しやすい。また、全コンテンツを一括検索できる。
普及のカギは「慣れること」
非常に完成度の高い教材コンテンツですが、課題や問題点はあるのでしょうか。中村教授と真嶋教授に伺うと、「電子メディアへの慣れ」を挙げていただきました。
「看護教育は紙メディアが主流で、教員も紙メディアで育ってきています。そういう状況で突然タブレットに切り替わっても、そもそも情報機器を扱えなかったり、教育方法に悩むことも多いと思います。ですが、どんなモノにも黎明期はあるので、少しずつ慣れていくことが大切ではないでしょうか」
どんなにすぐれたモノとわかっていても、従来のやり方を変えるにはパワーが必要です。このハードルを乗り越えられるかどうか。電子教科書の浮沈のカギは、このあたりにありそうです。
紙メディアと電子メディアを融合させたい
最後に、電子教科書に対する思いを語ってもらいました。
「紙メディアと電子メディアはどちらか一つではなく、うまく融合することで価値が生まれるものだと感じています。実験がはじまったばかりの段階なので、まだまだ課題が多くありますが、教育の新たな可能性として研究を進めていきたいですね」
看護教育に新風を吹かせられるか、今後の動向に注目です。


動画コンテンツの1場面。100本の看護技術の動画を掲載。
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