
地域では医療機関のほかにも看護職が活躍している現場があります。地域包括ケアシステムの構築が進められるいま、地域でのさまざまな看護のかたちを再確認して、その役割に目を向けていきましょう。今回は「産業保健」です。

執筆:掛本 知里 先生<東京有明医療大学看護学部学部長 教授>
産業保健・産業保健看護職とは
現在何らかの労働に従事する人は約6650万人1)で、日本の総人口約1億2560万人2)の半数以上を占めます。この日本の経済活動を支えている人々の、就職から定年に至るまでの約半世紀の間の健康管理は、日本社会にとって重要な課題です。1995年にILO/WHOの合同委員会によって採択された定義(表)に基づき、労働者個人、集団、組織、社会への働きかけを、労働者の健康保持増進を支援するために行うことが、産業保健の役割となります。産業保健を担うスタッフは、産業医、衛生管理者など法的に配置が定められている職種のほか、産業保健看護職、産業カウンセラー、人事労務担当者などとなります。産業保健看護職は法的にその配置は定められていませんが、多くの企業に雇用され、産業保健活動の中核を担う重要な職種の一つです。

産業保健看護職の仕事内容
産業保健看護職の活動は、労働衛生の5分野3管理に沿って看護の側面から支えることです。(1)総括管理:体制の構築や産業保健計画の策定等、産業保健活動を実際に動かしていくため、対象となる組織に働きかけていく活動。(2)作業環境管理・作業管理:作業環境や作業方法に起因する職業病や作業関連疾患を予防するための、有害因子の除去または最小化を目指した活動。(3)健康管理:労働者の健康の保持増進のための活動全般。(4)労働衛生教育:労働者の健康の保持増進活動のために必要な知識等の供与を通し、健康管理活動を促進していくもの。具体的には、健康診断およびその事後措置、日々の保健相談・保健指導、職場巡視による作業環境・作業内容のアセスメントおよび健康課題の明確化、復職支援などです。しかし、その内容は、雇用先のニーズによって大きく異なります。
求められるスキル
産業保健看護職に最も求められるスキルとして「対人スキル」があります。例えば、労働者個人に対する保健指導・保健相談活動では相談スキルが必要です。相談内容は多様であり、疾病から各職場に即した幅広い知識までを備えておく必要があります。また、復職支援においては、職場や受療先の医療機関との調整役割を担うこともあります。こうい った相談活動や調整活動をより効果的に進めていくためには、日頃から職場との人間関係を構築しておくことが大切であり、そのためにも対人スキルは重要といえるでしょう。さらに「アセスメントスキル」も必要となります。職場巡視、健康診断結果、ストレスチェックなどを通し、各職場の健康状態を把握し、健康課題を早期発見するなど、アセスメントスキルが求められる場面は少なくありません。そのためには、自身が担当する事業場の組織・業務内容・健康状態などについて、最新の状況を常に把握しておくことが大切です。また、情報の分析のため統計的な知識が求められることもあり、情報リテラシーを十分に身につけておくことも大切になります。
地域とのかかわり
人口の約半数の健康管理を行っている産業保健と、人々が日々暮らす場を支える地域保健が、協力して労働者の健康管理を行うためには、地域-職域連携が重要です。産業保健と地域保健が最も連携する場面として、労働者に何らかの健康問題が発生した場合の主治医等との連携があります。地域の医療機関では労働内容等産業保健にかかわる情報が不十分なケースもあり、産業保健看護職は、労働者本人を介して、医療機関と情報を共有しながら、労働者の支援を行っていく必要が生じます。最近では、働きながら疾病の治療を行うための両立支援を求められることが多く、支援を適切に行うためにも治療先の医療機関との連携は重要です。また、各企業に障害者雇用が求められていますが、障害をもちながら働く人の支援において、地域保健の担い手である行政組織や福祉関連組織との連携が求められます。さらに、健康危機管理体制を構築していく場合においても地域との連携は必須です。日中大勢の人が活動する労働衛生の場において、災害や感染症といった健康危機状況に備えた体制作りをしていくためには、近隣の事業場や行政機関と協力体制を築くことは欠かせません。
産業保健看護職に今後求められること
産業保健看護職が働く場として、1つの事業場に多くの産業保健看護職が配置されているケースは少なく、一人職場もたくさんあります。そのようななか、新型コロナウイルス感染症蔓延など、次々と労働者の健康を脅かす新たな健康課題が発生し、産業保健看護職には即時の対応が求められます。新たな健康課題や困難に、産業保健看護職が立ち向かうためには、産業保健に携わる専門職間の相互支援は重要です。職場内の多様な人材による相互支援はもちろんのこと、学会活動等を通じ、産業保健看護職が相互のノウハウを共有し、そのコミュニティ全体が能力を高めていけるよう活動していくことも必要になります。産業保健は日本社会の発展を支えるために今後も重要な位置付けにあります。産業保健看護職には、これからもその中心として活躍することが期待されています。
プロフィール
掛本 知里(かけもと・さとり)聖路加看護大学看護学部看護学科卒業。NTT東日本で保健師として産業保健看護活動に従事。聖路加看護大学大学院看護学研究科にて博士(看護学)を取得。2010年東京有明医療大学看護学科専任教員、2015年学科長、2021年に学部長に就任。
参考資料
1)総務省統計局:労働力調査(基本集計) 2021年(令和3年)3月分(2021年5月15日閲覧)
https://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/tsuki/pdf/gaiyou.pdf
2)総務省統計局:人口推計−2021年(令和3年)1月報−(2021年5月15日閲覧)
https://www.stat.go.jp/data/jinsui/pdf/202101.pdf
3)産業医学振興財団:産業保健の目的(2021年5月15日閲覧)
https://www.zsisz.or.jp/insurance/2010-03-27-06-05-14.html
Tiara132
)より転載
本記事はニプロ株式会社発行の看護情報誌「ティアラ」2021年8月号 TiaraNo.132より転載しています。
