
阪神淡路大震災から30年、変化を要する災害看護のために兵庫から始まった取り組みをこれからも前進させていきたい
1995年1月に発生した阪神淡路大震災。この未曾有の災害を契機に、災害看護学が体系化され、日本災害看護学会が設立されました。そして、現在は全国的な取り組みとなっている「まちの保健室」と「災害支援ナース」の出発点もこの災害にあります。その経緯と今後について、兵庫県看護協会の丸山美津子会長と松下清美専務理事にお話をうかがいました。

【インタビュー】災害後の長期的支援の基点となる「まちの保健室」──丸山美津子会長
現在では地域保健を支援する取り組みとして全国に広がっている「まちの保健室」ですが、当初は震災で被災した人々の長期的支援が目的でした。災害急性期が過ぎて仮設住宅へ、さらに災害復興公営住宅へと住まいを移した人はコミュニティをなくし、孤独な暮らしを余儀なくされるケースが少なくありませんでした。まちの保健室は、人々を見守る拠り所として始められたのです。看護師たちは、悩みごとの相談に乗ったり、健康教室を開くなど地域の人たちの心身の健康保持や仲間づくりを行い、コミュニティの再構築を進めていきました。そして、この被災地区での取り組みが、高齢社会における地域づくりにも貢献できることが認められ、役割を拡大して、兵庫全県、全国へと広がっていったのです。
チーム医療や災害時において「つなぐ」という役割が求められる看護師ですが、まちの保健室の活動でも同様です。医療、福祉、介護などその人のニーズに応じて、より専門性の高い職種にタイムリーにバトンを渡していく必要があります。そのためには多職種との地域ネットワークを築くことが重要。幸い本県では震災前から兵庫県医療職団体協議会が組織されており、そのつながりを活用することができます。ただ災害急性期については、職種ごとの専門チームでの活動が中心なので、今後はチーム間での連携を探っていければと思っています。
南海トラフ地震をはじめ、日本ではいつまた大災害が起こらないとも限りません。ですからまちの保健室でも、災害やその対応について人々の知識をより高めていきたいと考えています。現在日本災害看護学会とコラボして、同会が認証を進めている「まちの減災ナース指導者?」*1との連携を検討中。この取り組みをかたちにして、全国の都道府県看護協会のモデルになれればという思いがあります。兵庫県看護協会は災害を体験した団体として、災害看護・支援のフロントランナーでありたいと思っています。
*1 地域の自主防災活動として減災活動を普及する「減災ナース」を育成する。日本災害看護学会が主催する養成コース(全5日30時間)を受講の後、修了を認められる必要がある。

全国で被災地域をフォローする「災害支援ナース」─松下清美専務理事
阪神淡路大震災が起きた 1995年は、すべての面で災害に対する備えが整っておらず、まさに何の準備もなく災害は起こりました。混乱のなか、兵庫県立看護大学の調整により全国からの支援・協力を得てなんとか乗り越えたわけですが、避難生活の長期化による看護師の不足は大きな課題を残しました。
これを受け、「災害時支援ネットワークシステム」が構築されました。日本看護協会と各都道府県看護協会によって「災害支援ナース」を被災地域に派遣するシステムです。2024年には、災害や感染症に対応する看護職の確保が法的に整備され、災害支援ナース養成研修*2は厚生労働省(国)が実施主体となりました。本会では新プログラムによる災害支援ナースがすでに519名登録されています。
災害支援ナースになることで災害についての専門的な知識を身につけていると、予測が可能になり事前に対処行動が準備できます。災害現場はPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症するリスクが高いため、看護師にとって予測できることは精神的にも何よりの強みです。とはいえ、派遣後の看護師への精神的フォローは重要。本会では、現地から戻った看護師たちが自らの思いを表出させるための時間を設けるなどして、ストレスの解消に努めてきました。このような細やかなケアは看護協会だからこそできるもの。今後も継続していきたいと考えています。
*2 厚生労働省からの委託を受け日本看護協会が実施している。研修時間はオンデマンド研修20時間と演習2日間で、講義内容は災害と感染症。2023年度までの災害支援ナースは登録終了となり、新たに受講が必要になる(申し込みは施設単位)。
本記事はニプロ株式会社発行の看護情報誌「ティアラ」2025年8月号 TiaraNo.156より転載しています。
